新しい事業を起こすために「発想を事業化するイノベーション・ツールキット」紹介

新しい事業が成功するためには、既存の事業になかったイノベーションが成立していることが必要です。これまで届けられなかった遠い土地まで鮮度の良い海産物を届けたり、これまで手軽に摂ることができなかった栄養素が毎朝飲めば良い錠剤になったりと、現在当たり前のように利用している商品やサービスはこれまでできなかったある問題を乗り越える発想を事業という形にまで引き上げることができたものたちばかりです。

そのイノベーションをいかに生み出すかと言う事については常に世界中で考えられていますが、今回紹介する「発想を事業化するイノベーション・ツールキット」のように解決するべき問題の特定から事業化した後の効果測定までを一つの流れとして捉え、俯瞰できる本は非常に少ないのではないでしょうか。

日本にはさまざまな事業がありますが、多くの場合、「アイデアづくり」と「事業化してからのマネジメント」を分離してしまい、それぞれにプロフェッショナルがいるために齟齬が生まれるという状態に陥ってしまっています。このような状況に対して、イノベーションを起こし事業を成功させるために必要な大局観を与えてくれる一冊です。新しい事業に向けたアイデアをいかに形にするか、悩んでいる人にオススメします。

発想を事業化するイノベーション・ツールキット ―― 機会の特定から実現性の証明まで
デヴィッド・シルバースタイン フィリップ・サミュエル ニール・デカーロ
英治出版 (2015-05-12)
売り上げランキング: 19,771

イノベーションを起こすために必要な4つの局面「D4モデル」

本書では、イノベーションを起こすために必要な4つの局面をDで始まる言葉から「D4モデル」として提示しています。

1.Define 機会を定義する
2.Discover アイデアを発見する
3.Develop 設計を作り上げる
4.Demonstrate イノベーションを証明する

「機会を定義する」
商品やサービスによって乗り越えたい社会的な課題を発見し、チーム全体で共有するための方法を考えます。
「アイデアを発見する」
まず問題を解決するためのアイデアをできるだけ多く提示し、そのアイデア一つ一つの実行可能性を検討して現状のリソースで実現できるものを選別します。
「設計を作り上げる」
核となるアイデアが必要とする性能を満たす機能を定義し、安定してその性能を発揮できる製品や供給ラインの構築を行います。
「イノベーションを証明する」
これまでの設計で想定していた条件に対し、実際の利用者からの反響や使用状況といった実際のパラメータに製品を適応させていくための方法を探っていきます。

アイデアを生み出す「拡散」と絞り込む「収束」のターン

これらの4つの局面で、それぞれに「拡散」「収束」を考えて様々なテクニックを活用していきます。「アイデアを発見する」局面で考えると分かりやすいのですが、解決したい課題を読み解いたり、既存のアイデアの問題点を発見すること、そしてチーム全員の発想を促すことによって多くのアイデアを生み出すのが「拡散」のターンであり、そのアイデアが科学的に実証可能か、またはアイデア同士のグルーピングによって解決するべき問題を整理することができるか、という絞り込みを行うのが「収束」のターンです。

とにかくアイデアを出すというと「拡散」の方向へ向かい生産的な議論にならないこともあるが、今の技術で何ができるか、地域性や参加する人間によって何ができるかという「収束」を考えることで思ってもみなかった解決策が生まれるものだとこの本では伝えています。これを読んでいる皆さんも体験として共感できるかもしれません。

イノベーションが持つフロントエンドとバックエンドという二面性

「イノベーション」という言葉にはデザインに優れた、華々しいイメージを受けますが、イノベーションが持つフロントエンドとバックエンドと呼ぶ二面性についても分かりやすく説いています。

フロントエンドとは、新しい製品やプロセス、サービスを提供する花形です。そこでは遊びを持って小さな試作品から顧客のリアクションをつかみ、アイデアをどんどん出し経験値をガンガン積んでいく。そこで得られた知識の中から必要な性能を分類し、既存の製品の製造・供給に活かすための設計をつくり上げていくのがバックエンドです。

事業の成功はフロントエンドよりも、バックエンドでいかに新しいアイデアを活かし利益を上げることができるかに関わっていて、フロントエンドとバックエンドの関係性を把握することが大切なのです。

「イノベーション」についてバランスよく簡潔にまとめた一冊

非常にバランスの取れた考え方が貫かれているので、「イノベーション」という言葉に対するアレルギーのある方にこそオススメの一冊です。また、D4モデルのそれぞれの局面で利用することができるテクニックが58も説明されていて、ひとつひとつが簡潔にまとまっています。それぞれのテクニックについて興味があれば例えば「シナリオ・プランニング――未来を描き、創造する」であり、「発想法―創造性開発のために (中公新書 (136))」(KJ法を開発した川喜田二郎氏の著作)といった本のように詳しく解説している書籍もあるので、思考法の入り口としてもとても有効な本です。

日本にはアイデア思考が足りないと言われることもありますが、設計やイノベーションの証明などの部分では日本発の設計・工程管理システムが活きています。イノベーションを起こすために、アイデア発見の部分ばかり意識するのではなく、全体の流れで活用できる考え方をピックアップするほうが健全なのではないかと感じます。

「フリーランチな働き方」にどう役立てる?

本書を読みながら考えたのが、イノベーションを起こすサイクルを理解して、自分の得意なポジションを知ることが大事だなということです。

会社勤めであればイノベーションのフロントエンドが得意なのかバックエンドで利益を出す方が得意なのか、という事に気づくだけで自分の働きやすい場所というものが見えてくるのではないでしょうか。また、個人事業主や起業を考えている方なら、なるべく自分の力でイノベーションを起こすサイクルを回していかなければいけませんが、自分に足りない部分を補ってくれるパートナーを探しにいく事も必要です。個人的には読んだ後はむしろ、他のポジションにいる仲間のありがたみを感じましたね。

発想を事業化するイノベーション・ツールキット ―― 機会の特定から実現性の証明まで
デヴィッド・シルバースタイン フィリップ・サミュエル ニール・デカーロ
英治出版 (2015-05-12)
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