日々変化している激動のビジネス社会。そんなビジネスにいま求められているのは、あたらしい価値観や体験、魅力的な未来を提示できる力です。
建築家やデザイナーはもちろん、あたらしいビジネスやマーケットを生みだすために、あたらしい製品開発や新規事業の開拓を行なうための手法として、いま「デザイン・シンキング」が注目されています。
今回は、あらたなビジネスを生みだすために必要な思考方法「デザイン・シンキング」について、実際の事例をもとにご紹介します。
この記事のポイント
デザイナー視点のビジネス思考法「デザイン・シンキング」
「デザイン・シンキング」が注目を集めたのは2000年代前半。アメリカを中心にあたらしい発想手法として知られるようになり、その後2010年代に入って日本でも注目されるようになりました。
その火付け役となったのが、グローバルデザインコンサルティング・ファーム「IDEO」のCEOであるティム・ブラウン。ティム・ブラウンはデザイン・シンキングを次のように定義しています。
デザインシンキングとは、イノベーションを生み出す、人を中核としたアプローチです。人々のニーズ、テクノロジーの可能性、ビジネスとしての成功をひとつに組み合わせるデザイナーの手法から導き出されたものです。
出典:IDEOのアプローチ
デザイナーの視点をビジネスに導入することで、技術や市場にアプローチするのではなく、人を中核に据えたビジネス思考法がデザイン・シンキングです。
ひとことにデザイン・シンキングといっても、そのビジネスへの展開のしかたは、企業ごとに異なります。デザイン・シンキングをあたらしいビジネスのために使おうと思っても、あくまでも思考の方法ですから、直接優秀なビジネスにつながるとは限りません。
そこで今回は、いくつかの具体的なデザインコンサルティングの事例を見ながら、デザイン・シンキングのビジネスへの展開法をご紹介します。
デザイン・シンキングビジネスの事例を紹介する書籍『デザイン・リサーチ・メソッド10』
日本にデザイン・シンキングが紹介されてから、いくつものデザイン・シンキング関連の書籍が発売されました。
そんな数多あるデザイン・シンキング本のなか、具体的な事例を通してデザイン・シンキングの発想法を紹介している書籍が『デザイン・リサーチ・メソッド10』です。2009年に発売されたのち、デザイン・シンキングの注目をうけて、2015年に新装版として復刊されました。
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この本では、デザイン・シンキングを活用したビジネスメソッドを10の事例をもとに紹介していますが、今回はそのなかから、デザイン・シンキングを世界に広げたデザイン会社「IDEO」の事例を取り上げて、ビジネスへの展開のしかたとしてご紹介します。
デザインコンサルティングファーム「IDEO」のデザイン・シンキング
IDEO(アイデオ)は、デザイン・シンキングの火付け役ティム・ブラウンがCEOを務めるアメリカのデザインコンサルティングファームです。
人間中心デザイン(human-centered design)を基本手法に、プロダクトや空間、ソフトウェア開発などを行なうデザイン会社です。
本書でIDEOのデザイン事例としてあげているのは、IDEOがコンセプトデザインを行った自転車部品メーカーであるシマノ社の「Coasting Bike」というあたらしいタイプの自転車の開発です。
IDEOのデザイン開発の手法は、理解(Understand)、観察(Observe)、統合(Synthesize)ののち、視覚化(Visualize)、実現化(Realize)、評価(Evaluate)、改良(Refine)のサイクルを繰り返しデザインを洗練させます。具体的な開発の流れを見ていきましょう。
理解(Understand)
IDEOはデザイン開発の依頼を受けてまず、デザインする製品の特性やクライアントのニーズを把握します。まずはクライアントの思いや状況からデザインがスタートします。
観察(Observe)
状況を理解したら、IDEOは「エクストリームユーザー」を対象としたリサーチを行います。「エクストリームユーザー」とは直訳すると「極端な利用者」。シマノ社の場合、自転車を利用する人口と自転車の利用頻度の関係を比較すると、自転車の利用頻度がほとんどないユーザーと毎日利用するユーザーの人口は、多くの人が該当するメインストリームユーザーと比べて極端にその数が少なくなります。このようなユーザーがエクストリームユーザーです。
おおくの企業はメインストリームユーザーを対象にマーケティングを行いますが、メインストリームユーザーは明確な意見や主張を持っていないことが多いので、IDEOは、肯定的であれ否定的であれ明確な意見を持っているエクストリームユーザーを対象にリサーチを行います。
統合(Synthesize)
エクストリームユーザーへのリサーチの結果、自転車をほとんど利用しないユーザーは、自転車競技やBMXなど、一部のひとたちだけが利用する自転車に対して否定的な印象を持っている一方、普段乗らなくても子どものころに自転車に乗った体験が楽しかったという意見を持っていました。
IDEOはこのような意見を統合して、基本コンセプトを絞り込みます。「Coasting Bike」の場合、子どものころの楽しかった自転車体験から”Coasting”(楽に進む、惰性で進む)というコンセプトに統合されました。
視覚化(Visualize)
コンセプトが整理されると、コンセプトを視覚化するためにスケッチなどに落としこむ作業が行われます。ビジュアルによってコンセプトを目に見える形として提示します。
実現化(Realize)
その後IDEOは、視覚化されたスケッチから、操作性やサイズなどを検証するために、プロトタイプをいくつも制作します。
手で触れられるプロトタイプを実際に操作することで、最初のアイデアを前進させることができます。
「Coasting Bike」では、子どものころに気楽に乗っていた自転車の操作性を再現するために、ハンドルやサドルなどの形状がことなるプロトタイプや、変速ギアの機構プロトタイプなどを制作しました。
評価(Evaluate)
プロトタイプを実際に使用してみて、IDEOは問題点やデザインのクオリティを評価します。
改良(Refine)
プロトタイプの評価を経て、さらに改良のためのアイデアを練ります。
こうしたアイデアはさらに視覚化のプロセスにもどって、このプロセスを複数回くりかえすことで、デザインのクオリティをあげていきます。
こうしたデザイン・シンキングのプロセスを経て、IDEOは「ペダルを踏むスピードに応じて、自動的にギアをチェンジする自転車」というコンセプトを完成させました。
従来の変速ギアを搭載した自転車は、ギアチェンジにレバーを手動で動かすという操作が必要でしたが、こうした操作に「エクストリームユーザー」は否定的な印象を持っていました。
「Coasting Bike」は、ユーザーが気楽かつ安全に変速ギアを搭載した自転車に乗れるので、あたらしいマーケットの開発に成功しました。
「問いのデザイン」としてのデザイン・シンキング
IDEOは上記のプロセスのなかで、観察→統合のプロセスを最重要視しています。ユーザーへの緻密なリサーチを経て、製品をデザインするうえで必要な要素を整理して、コンセプトを立ち上げるプロセスです。
ここには、どのような製品をつくるか、どのようなビジネスを展開するかという結果について考えるのではなく、そのような結果を生むための「問い」をどのようにデザインするかという思考が働いています。
このような「問いのデザイン」こそ、デザイン・シンキングの要であり、あらたなビジネスを生みだすためのアプローチなのです。
IDEOは、自社のデザイン開発手法を積極的に公開していることでも有名です。デザインリサーチから製品をリリースするまでのデザイン・シンキングのプロセスを解説したツールキットを、ネット上で公開していて、『Design Kit: The Field Guide to Human-Centered Design』からダウンロードすることができます。
デザイン・シンキングがわかるオススメの本
その他、デザイン・シンキングを解説した書籍がいくつも出版されています。IDEOのデザイン開発の背景にある思想や、デザイン・シンキングの方法論をあたらしいビジネスに導入してみたい方は、ぜひ読んでみてください。
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