建築業界の中小企業や設計事務所に転職する際に、給料や社会保険などの待遇や、残業などの労働条件について、注意すべき点があります。
建築設計事務所は規模の小さい会社が多く、社会保険労務士などに顧問をお願いしていない会社がほとんどですので、独特な慣習や知らず知らずのうちに労働基準法に違反している、違法な求人・待遇になっているケースが見受けられます。
この記事では、建築業界での転職活動で、求人情報を確認する時や、入社前に労働条件通知書や労働契約書で労働条件を確認する際に、注意すべきポイントをまとめました。
この記事のポイント
給料が最低賃金の基準より安い
最も基本的な条件である給料ですが、法律で基準が決められています。
具体的には「最低賃金法」にて定められており、一律で適用されます。最低賃金の基本的なポイントは以下になります。
・最低賃金は、最低賃金法に基づき国が賃金の最低額を決めたもの
・地域ごとに設定された「地域別最低賃金」特定の業種に設定された「特定(産業別)最低賃金」の二つがある
・建築設計事務所は「地域別最低賃金」が基準になる
・ボーナスや残業代を除いた給料が最低賃金以上であることが必要
筆者自身も建築設計事務所の求人を探したり、実際に働いた経験がありますが、小規模な設計事務所だと月給5万円や10万円という求人が沢山ありました。
建築業界では修行や丁稚奉公的な慣習や考え方が残っているため、最低賃金を下回る求人が数多く存在しているという実態があります。
最低賃金を月給換算したものと、実際の求人を比較して確かめよう
結論から言うと、東京都内でフルタイム勤務の場合、「残業代を除いて月給15万円程度」が最低賃金ベースの給料になります。
例えば、平成28年10月1日発行の東京都の地域別最低賃金は時給932円です。この金額はパートやアルバイト等を含む全ての労働者に適用されます。
ここでは、東京都の最低賃金を月給に換算して確認してみましょう。1ヶ月の労働時間は概算で160時間(1日8時間×週5日×4週間)となります。
・最低賃金時給932円×160時間=149,120円
先に示した月給15万円程度という金額は上記仮定をベースとして算定しました。
その他、主要な地域の最低賃金と月給換算した金額は表の通りです。
地域 | 最低賃金(2017.03.28現在) | 月給換算(160時間) |
東京都 | 932円 | 149,120円 |
千葉県 | 842円 | 134,720円 |
埼玉県 | 845円 | 135,200円 |
神奈川県 | 930円 | 148,800円 |
愛知県 | 845円 | 135,200円 |
大阪府 | 883円 | 141,280円 |
京都府 | 831円 | 132,960円 |
給料に関する記載が曖昧であったり違法な場合の求人例
中小設計事務所の求人を探してみると「当社規定による」「社内規定による」等、具体的な給与額が分からない事があったり、「月給12万円〜」といった提示をしている場合があります。しかし、社内規定だからといって法で定める最低賃金を下回ると違法です。
A社 | 医療系に強い設計事務所 | 当社規定に拠る |
B社 | 小規模集合住宅が多いアトリエ事務所(所員2名) | 月給12万円 |
C社 | 住宅中心のアトリエ事務所(所員1名) | 月給8万円 |
小さな設計事務所では、古い業界の習慣や法律に対する知識の不足などが重なり、基本給が最低賃金を割っていても気づいていない場合があります。
少なくとも最低賃金の基準以上の給料がもらえるのか、自分で判断出来るようにしましょう。
・「東京の最低賃金は932円、転職時の求人情報や給与明細を確認しよう」
東京の最低賃金に関する情報中心に、最低賃金のチェックのしかたや盲点などをまとめた記事です。
試用期間の給料が最低賃金の基準より安い
月給が最低賃金の基準をクリアしていても、試用期間中の給料が最低賃金未満の場合があります。
最低賃金の制度は試用期間中に適用されますが、それを破っているような違法な設計事務所はかなり多いです。
また、試用期間中に最低賃金を割っているような会社は、正式な採用時にも違法な条件が提示されたり、交渉が思い通りにならない可能性が高いので注意が必要です。
試用期間中の給料が違法な求人の事例
D社 | 住宅中心のアトリエ事務所(所員2名) | 試用期間は時給500円かつ上限有り |
E社 | 大規模物件を手がけるアトリエ事務所(所員20名程) | 試用期間中はオープンデスク扱いで交通費のみ |
F社 | 商業中心のアトリエ事務所(所員10名程) | 選考を兼ねた2週間の試用期間(給料記載無し) |
社会保険と労働保険に加入しているか
社会保険とは、厚生年金保険・健康保険の2つを指し、労働保険とは、労災保険・雇用保険の2つを指します。会社が加入義務があるかどうか判断するために、まずは下記の基本的な考え方を押さえましょう。
・社会保険へ加入は法律で決められている
・株式会社や有限会社などの法人事業所は加入が原則であり、例外はない
・労災保険は法人、個人事業問わず、1人でも人を雇ったら必ず加入
・雇用保険は31日以上雇用の見込みがあり、週20時間以上働く場合必ず加入
株式会社や有限会社など、法人事業所である建築設計事務所の求人であれば、社会保険への加入義務があります。
ただし、近年では少なくなっていますが、法人事業所であるにも関わらず厚生年金保険・健康保険に未加入の会社や設計事務所も存在します。
例外的に社会保険に加入していない場合がある個人事業主
個人事業主の場合、例外的に社会保険に加入していない場合があります。例えば、社員5名未満の個人事業主の場合は社会保険の加入は強制ではありません。
設計事務所は個人事業主でも開設できるので、初めて人を採用するような設計事務所は個人事業主である場合があります。
見分け方として、設計事務所ホームページの会社概要や求人情報を見た時、株式会社や有限会社などの記載がなければ個人事業主であると推測出来ます。
なぜか社会保険未加入が常態化している建築業界
建築業界では、なぜか慣習として社会保険未加入が常態化してきた歴史があります。未だにそういう会社が残っていますが、これまで単純にバレなかっただけで違法です。
筆者もかつて法人事業所である設計事務所で働いていた事がありますが、社会保険は未加入でした。「うちは人数が少ないから社会保険に入らなくていい」と当時の所長は言っていましたが、今思えば完全に違法です。
マイナンバーの導入によりここ数年取締りが厳しくなってはいますが、未加入な違法事務所は消えてはいないので注意が必要です。
法人 | 個人事業主 (社員5名以上) |
個人事業主 (社員5名未満) |
個人事業主 (非適用業種) |
|
---|---|---|---|---|
社会保険加入義務 | ◯ | ◯ | △任意 | × |
残業代が払われない、又は、存在しない
求人情報を見ていると、残業の定義をきちんとしていない会社も多いです。軽視しがちですが、年収ベースで収入を考えた場合残業代が適切に支払われるかは大変重要です。
残業代の扱いは主に下記3パターンになります。
・残業代について何も書いてない場合(定められていない)
・裁量労働制やみなし残業代、もしくは併用
・残業代を適切に支払う
特に、小さな会社や設計事務所ではサービス残業が常態化し、それを修行と捉える風潮が一部で存在します。そういった実態を把握した上で、職場を選ぶようにしましょう。
残業や残業代の考え方の基本
そもそも、労働基準法32条の定めにより労働時間は原則として一日8時間まで・一週間に40時間までと定められています。
この時間を超えて働く、つまり、残業をするには、36協定(さぶろくきょうてい)と言われる労使協定を、使用者である企業と労働者・社員の代表が締結しなくてはいけません。
これが基本の考え方です。
その上で、「裁量労働制」の適用や、「みなし残業代・固定残業代」での月給額の提示を行ってる場合があります。
残業や残業代については書面で確認しよう
求人に残業の制度や残業代の記載が無い場合、口頭だけでなく労働条件通知書等の書面できちんと確認しましょう。
ウチの会社は有給休暇が無いと言われる
小さな会社や設計事務所では、有給休暇が無い事が当然であるかのように言われる場合があります。
しかし、有給休暇は労働基準法第39条によって下記のように定められた労働者の権利です。
・有給休暇は6ヶ月間継続的に勤務かつ労働日の8割以上出勤
・上記を満たす労働者に対して10日間必ず与えられる
また、有給休暇の取得理由は働き手の自由です。
詳しくは、有給休暇の制度やメリットについてまとめた「有給休暇が無い建築設計事務所で制度を使う現実的方法とメリット」をご覧下さい。
有給休暇については書面で確認しよう
求人に有給休暇に関する記載が無い場合、労働条件通知書等の書面で確認することができます。
設計事務所を名乗っているが、実は建築士事務所登録をしていない
入社してみたら、実は建築士事務所登録がされておらず建築士事務所じゃなかった。という場合があります。その場合、下記のリスクが考えられます。
・建築士試験に必要な実務経験が積めない
・管理建築士になるために必要な実務経験が積めない
建築士事務所の実務経験が必要な人にとっては大問題になるので要注意です。悪質な場合、意図的に偽装している場合があります。
建築士事務所じゃない事務所の見分け方
・求人や会社概要をみても建築士事務所の登録番号が書いていない
・管理建築士に関する記載がない
・「建築家」と書いてあっても「建築士」とは書いていない
・面接のために事務所にいったが、建築士事務所登録票の掲示が見当たらなかった
・建築士事務所の登録簿を閲覧する
上記に該当するする場合、建築士事務所登録をしていない可能性があります。また、建築士事務所として登録があるか確認する方法として、登録簿を閲覧するという手段があることも知っておきましょう。
その他、インテリアデザインやマンション専有部のリノベーションのような建築士事務所登録が不要な業務のみ行っている場合でも、社名が◯◯アーキテクツオフィスなど、建築設計事務所を連想・誤認するような事があるので気をつけましょう。
求人内容が正しいとは限らないので入社前に労働条件通知書をもらって確認しよう
建築業界では、これまでの慣習から違法状態の会社と合法な会社が混在しているのが実情で、悪質な場合は偽装している事も少なくありません。
また、大抵のトラブルは入社前に労働条件通知書を出してもらう事で解決できます。
「転職内定から入社までに確認すべき労働条件や必要書類の基本を解説」では転職時に知っておいた方が良い労働条件通知書の記載内容の基本についてまとめてあります。こちらも合わせてご覧下さい。
フリーランチのキャリア相談では、きちんとした職場環境を持つ小さな会社や設計事務所への転職についてアドバイスを行っています。ご検討下さい。